入善町のディープスポットを地域おこし協力隊とめぐる!
人口約23500人が住む富山県入善町。黒部川が形成した扇状地に広がるのどかな農村地帯で、入善ジャンボ西瓜や、それをモチーフにしたご当地キャラクター「ジャンボ~ル三世」が有名だ。
春にはフラワーロード、冬にはラーメンまつりといったイベントも人気を集めている。一方で同町の日常生活について調べると、町民には常識でも県民は知らない、そんな価値の高い魅惑的なスポットが多数存在する。2年前に県外から移住して同町で活動する地域おこし協力隊員の案内で、入善町のディープスポットを探訪した。
2年前に移住、入善で活動する陶芸作家の文絵さん
入善町の地域おこし協力隊として活動する陶芸作家の文絵さん(40)は、2021年に同町に移住、作家業と並行してまちを盛り上げるための活動を展開している。オレとは昨年、富山県主催の「とやま観光塾」の受講生同士として知り合い、共通の「酒」というライフワークで意気投合、自県の観光のあり方について痛飲しながら熱く語り合った。
県外出身者の視点による県内観光素材の捉え方について興味深く、「入善には県民も見過ごす良い場所がたくさんあるのになあ」との言葉が印象に残っていた。それからオレは観光塾を修了、そのままの勢いでふぉとやまライターになった際、移住者から富山の観光箇所を教えてもらうのはニュースバリューがあると思いつき、文絵さんに入善の知る人ぞ知る観光案内を依頼し、今回の原稿に至っている。オレは未知なるスポットとの出会いにワクワクした気持ちで車のアクセルを踏み込み、入善町への旅路に出た。
県外からも汲みに訪れる名水「高瀬湧水の庭」
まずは、合流前に教えてもらったスポットへ足を運ぶ。入善は名水の町としても名高く、中でも「高瀬湧水の庭」の湧き水は文絵さん自身その水の味に惚れ込み、定期的に汲みに行くそうだ。到着すると、駐車場には車が何台も停まり、既に水を求める人で取水箇所は列をなしていた。
水を汲んでは車に運ぶ夫婦が目に入る。湧き水の周りには10個ほどのポリタンクがずらり。さらに大容量の空ペットボトルも所狭しと並べてあり、こんなに水汲んでどうするんだろう、と驚いたオレは思わず、えっちらおっちらと作業に勤しむ2人に声を掛けた。
「この水?家で使う3~4週間分です。いつも汲みに来ています」とはにかみながら話す佐々木寿雄さん(58)は、なんと新潟県糸魚川市から来ていた。なぜ遠路はるばる来るのかを聞くと、「この水は水道水のカルキ臭さがなくて、まろやかなんですよ。今まで飲んだ中で一番美味しい水で、他は飲めません」と話す。水は飲用や洗米の際に使うそうだ。食は万里を越えると何かで聞いたが、美味しさは距離を越える、ということか。仲睦まじい夫婦のポリタンクリレーを見ていると、春の陽気と相まってほんわかした気持ちになった。
汲み終わったのを見計らい、オレも飲みさしのペットボトルのお茶を喉に一気に流し込み、その容器に湧き水を入れる。一口飲むとまさにふんわり、まろみのある口当たりですいすいっと喉元を過ぎていった。
県外客を対象に「人気の湧き水お持ち帰り」と銘打ってツアーの箇所に入れると面白そう、と企画を造成する旅行会社としての想いもよぎるスポットであった。
一日100個限定、売り切れ必至の手作りおはぎ「半六」
次に向かったのは一日100個のみの販売、開店から早々に売り切れるという手作りおはぎの店「おはぎの半六」。
11時30分の開店であったが、売り切れて取材不可という危機を回避したい思いから、オレはパチンコ店の新台入替さながらに開店待ちで入り口の前に突っ立っていた。定刻より少し前にドアが開き、店主の今井泉さん(59)がいそいそと看板を玄関に掲げる。ぼけっと立ち尽くす中年男性に気付いた今井さんに「いらっしゃい」と声を掛けられ、店内へ案内してもらう。
イートインスペースもある店内はシンプルな作りで、入ってすぐのカウンターにおはぎやおこわが並べられている。品定めをしていると、小豆、きな粉、ゴマの三種類の試食を振る舞ってくれた。おはぎはすっきりとした自然な甘みで、口の中で溶けていくように柔らかい餅の食感。入善の海洋深層水を使って小豆を炊いているのが特徴で、小豆本来の味を引き立てている。小豆は北海道のものを使用、もち米は入善産の新大正餅米とこだわりが深い。調理方法は企業秘密だが、一つ一つを手作りでこしらえているのがおはぎを絶妙な味に仕上げているのだとオレは結論づけた。
試食するとますます欲しくなるというのは世の常で、オレは三種セットに加えておこわも購入、会計を済ませると「これも飲んでって」とお汁粉も渡される。この心温まるおもてなしも人気を集める一つなのであろう。支払った分以上の満足感を得てオレは店を後にした。
青果店、なのに豚ホルモンが大人気「山本青果」
ここで文絵さんと合流する。まず見て欲しいと進んだ先は「山本青果」。青果店、なのに自家製豚ホルモンが大人気だという。一風変わった店だなあ、なんて思いながらウキウキして到着を待つ。着くやいなや、オレが子どもの時にあった近くの八百屋を彷彿させるような昭和の佇まいが目に飛び込んでくる。郷愁に駆られ、吸い寄せられるように入店した。
お目当ての豚ホルモンは、プリン体が豊富だと一目で分かる淡いピンク色の鈍い輝きを放ち、痛風持ちのオレをいざなってきた。一パックの量も多く、大いに悩まされたのだが、焼き立てのホルモンをほおばりながら麦酒を流し込んで悦に浸る少し先の未来を妄想、いや想像すると、リスクよりも欲望の方が勝り、気付けばホルモンだれとセットで精算を終えていた。
店主に人気のわけを聞くと、全国各地から身の厚いホルモンを独自のルートで取り寄せ、毎日加工しているという。一日30~40パックを製造しているが、ファンが多く売り切れてしまうこともある。中には東京から買いに来るお客もいるそうだ。
店を出た後、雰囲気を出すために外で食べよう、という文絵さんの提案で「墓ノ木自然公園キャンプ場」へ。買ったばかりのホルモンをお湯でゆがき、鉄板へ投入。油を立てながら鳴る「キュルルッ」という香ばしい音が、興味と食欲をさらに沸き立たせる。
タレにサッとつけ、文絵さんお手製のネギのキムチとともにぱくり。プリプリとした食感。噛めば噛むほど甘みとうま味が沁みだす豚ホルモン。嚙み切れないほどの分厚い身。「美味っ」と思わず言葉が口をつく。飲み込めるくらいの柔らかさになったところでビール(この日はノンアルコールビール)をぐいっ、と流し込む。
こってりした口内を一気に消しさる爽快感。酒飲みのゴールデンタイムをオレは堪能した。
Column
5月には見事な花を咲かせる「小摺戸の大藤(こすりどのおおふじ)」
ちょっと寄り道に 天然記念物「小摺戸の大藤(こすりどのおおふじ)」
墓ノ木自然公園キャンプ場に向かう途中にある小摺戸神明社に、富山県指定天然天然記念物の「小摺戸の大藤(こすりどのおおふじ)」がある。幹回りが2.73mと太く、5月には見事な藤の花を咲かせる。
文絵さんが最初に入善に来た時、ここの大藤と神明社周辺の風景が気に入り、心の洗濯に何度も訪れたという。遠くから神明社を眺めると、田んぼの水面に神社の森が反射して映り込み、後立山連峰との調和が美しい。藤の開花時期には一度訪れてほしいスポットだ。
夫婦との会話も楽しい、行列のできる話題のクレープ店「D258」
そのまま野営でパーティナイトでも、といきたいところだが、まだまだ入善のディープスポットは存在する。次の場所は大人気のため、文絵さんがわざわざ時間予約をしてくれているのだ。そそくさと片付けを終えてそこへ移動する。
向かったのは2022年冬にオープンしたクレープ店「D258」。潮田龍平さん(34)と彩香さん(37)夫婦が営んでいる。店名は龍平さんが彩香さんに贈った指輪のカラット数に由来し、店のロゴには潮田親子三人の姿を意味合いにした子どもと動物の愛らしいイラストが描かれている。週末は行列ができるほど賑わい、品切れで早仕舞いすることもあるので、同店のSNSを参考にしてほしいとのことだ。
予約した時間帯はちょうど人の波が引いたところで、調理作業を眺めながら色々と話を聞くことができた。入善出身の彩香さんは学生のころからクレープ作りが趣味で、祖母が経営していた居酒屋でクレープを提供するほど熱の入りようだった。居酒屋が閉店した後、彩香さんは東京でキッチンカーをやりたいと思い立ち、上京する。そこで東京出身の龍平さんと運命的に出会い、結婚と出産を機に入善へ戻り、同店を開業した。
潮田夫婦はいきさつをにこやかに語りながら、息の合った様子でクレープを手際よく仕上げていく。今回オレはモチモチ生地のクリームブリュレ、文絵さんはパリパリ生地のバナナクリームを注文していたのだが、クレープの生地を選べるのも初めての経験だ。出来たてほやほやのクレープを早速ほおばると、クリームの洪水が口内に押し寄せてきた。スイート、スイーター、スイーテスト、と甘さの比較級と最上級をつぶやくほど、食べるほどに脳内がクレープの甘味に支配されていく。それを包み込み、ほどよく和らげながらも、美味しさの高みへと導くもちのような弾力感の生地。
やめられない止まらないまま食べ進み、あっという間に平らげてしまった。文絵さんは目下ダイエット中とのことであったが、「まあ今日はチートデイや」という魔法の言葉を唱えてクレープと対峙、パリパリ生地は早めに食べないと食感が変わることもあって、同じスピードで完食した。
これをもってお腹と心は完全に満たされたのであった。
足湯「ひばり野湯」で探訪の疲れを癒す
最後に、足湯の「ひばり野湯」へ。「ひばり野湯」は、近くの温泉旅館「バーデン明日」と同じ温泉質で、無料で利用できる。足湯に入るよりは全身ざぶんと温泉に浸かりたいザ・男タイプのオレではあるが、試してみることに。木造建ての小屋の中央に湧き出している温泉。靴下を脱いでズボンの裾をすねまで捲って足浴を開始。とろりとした肌ざわりの泉質は、「天然の化粧水」と称されるほど美肌効果が高いという。
文絵さんと世間話をしながらじっくりと浸かっていると、足から徐々に全身が温まり、しまいには額にじっとり汗がにじんできた。
15分くらい浸かって上がると、ひとっ風呂浴びたような感覚に。探訪の疲れをほぐしつつ、今日の旅路を振り返るスポットとしてふさわしい場所だった。前途した通り、足湯から道を挟んですぐに宿泊施設「バーデン明日」があるので、腰を据えてじっくり温泉と料理を満喫すれば、さらに入善の良さを感じ取れるだろう。
お土産買うなら「JAみな穂あいさい広場」へ
旅のお土産に入善町の地産商品を買い求めるのならば、「JAみな穂あいさい広場」を推したい。同所には、地元農家が丹精した野菜や加工品などが一通りそろう。非加熱のはちみつや、粘り気の強い里芋を使用したコロッケ、入善産イチゴの「紅ほっぺ」やスイカを使ったジェラートなど、家に持ち帰ってじっくりと味わいたい品が並ぶ。富山県が力を入れているエゴマを加工したおかずみそもあり、この商品は入善産のエゴマと醤油、海洋深層水で作られた入善づくしの逸品で、ご飯のお供にぴったりだ。また、店内で販売されている黒豆ソフトクリームが人気を集め、ゴマのような濃厚な風味と後に残るコーヒーのような苦味が特徴である。
実はクレープ取材の後にこの黒豆ソフトクリームもしっかりと味わい、間髪入れずに押し寄せる糖質の波に溺れてしまったのはここだけの話だ。
まとめ
そして観光資源は、ただそこにあるだけのものではなく、関連する地元の人との会話によって、その人となりと町の風土、習慣を知り、心を揺り動かされたリピーターを増やすことで磨かれ、さらに人を惹き付けるのだ。これからの観光はこの要素や付加価値が肝要であると、とやま観光塾で学んだことを思い返した。県外の方はもちろん、富山県民の方にも是非訪れて欲しい。ありきたりの言葉ではあるが、地元の魅力を再発見するきっかけとなれば幸いだ。
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