新湊漁港直競りネタをお手ごろに「一貫入魂」浪花鮨の「富山湾鮨」
射水市の老舗寿司店「浪花鮨(なにわずし)」は、新湊漁港で直競りした厳選ネタに熟練の技を加えた、心こもるにぎり寿司を手ごろに食べられる。同市西新湊の本店で「富山湾鮨」を存分に味わってきた。
県内外のお客に人気 創業50年を超える老舗店
1968(昭和43)年創業、以来55年に渡り寿司通の舌をうならせてきた老舗が、射水市にある「浪花鮨」である。同店は富山市の商業施設「富山大和」にも店を構え、県外団体客のツアー利用の引き合いも多い人気店だ。評判は何度も耳にしていたものの、来店するのは初めて。熱中症警戒アラート発令中のうだるような暑さだった夏のある日、オレは高まる期待を胸に、手で汗を拭いつつも、軽やかな足取りで浪花鮨ののれんをくぐった。
「いらっしゃい!」。威勢の良い掛け声が店内に響く。日に焼けた精悍(せいかん)な顔つきの京谷洋明さん(45)が現れ、カウンター席をすすめられた。カウンター前のネタケースを見やると、色合い鮮やかな魚介のネタがずらりと並び、食欲をそそられる。席に着くのもそこそこに、待ちきれない、と思うやオレはすぐに「富山湾鮨」を注文、支度に入る若大将に店の成り立ちやこだわりなどを聞き出した。
新湊漁港で直接目利き 浜値の魚介を熟練技で握る
京谷さんは20歳で家業の浪花鮨に入り、先代である父の下で腕を磨いてきた。5年前に代替わりして店を切り盛りしている。浪花鮨は、新湊漁港での競りに直接入札できる権利「買参権(ばいさんけん)」を持つ。この権利は非売で代々受け継がれている。漁港でその日水揚げされた魚介を直で目利きし、仲卸業者を通さずに浜値で取引ができるのだ。選りすぐりのネタを手ごろな価格で仕入れ、習熟の技によって極上のにぎり寿司に仕上げ、来店客のお腹と心を満たしているのが人気の理由である。
そうこうしているうちに、富山湾鮨が運ばれてきた。「魚があまり揚がらない夏だから、全てが今日獲れたものではないけど、富山湾に住む魚で握ってあるよ」と京谷さん。包み隠さず話す実直な性格が魅力的に映る。
さて、実食。事前予約の特典で、富山湾鮨は全十貫から一貫サービスの十一貫になっている。華やかな彩りのにぎり寿司を京谷さんが一貫ずつ説明する。しっかり味わってもらいたい品としてアラ、白エビ、バイ貝、トヤマエビの四貫を勧められ、オレは言われるがまま、器に盛られた寿司を手でつまむ作法で、浪花鮨の創り出す食の世界に浸り始めた。
豊潤な味わいの高級魚アラ
まずはアラ。白身の高級魚で、和歌山県名物のクエに似た食感を持ち、口にするのは中々ない一品だ。口に入れると、むちむちとした身の厚いアラの歯ごたえを覚える。白身の淡白さはなく、しっかりと締まったぷりぷりの身を噛んでいくうちに、上品な脂の甘みが染み出してくる。この上ない豊潤な味わいに自然と顔がほころんだ。
ネタとシャリがほどける白エビ
続いては白エビ。白エビは小粒の形状から海苔や昆布といった軍艦巻きで出される例が多いが、浪花鮨ではシャリの上にそのままのせられている。撮影しようと手に取ったところ、ネタとシャリがぽろぽろとこぼれそうになり、すぐさまカメラを置き、慌てて口に入れる。すると、口の中で白エビと米粒がぱらぱらとほどけていくような感覚を覚え、あっという間に無くなってしまった。海苔といった巻物の強い風味を排したネタとシャリのみの相性は抜群で、繊細な味を感じているうち溶けるように胃に収まる逸品。白エビを崩さずに握る腕も相当なものだ。思わず「お見事!」と、昔の寿司漫画にあったような柏手(かしわで)をパァンと打ちたくなる。
コリコリザクザクな食感のバイ貝
さらにバイ貝。こだわって仕込まれているのであろうか、貝特有の臭みやぬめり気を感じない。バイが持つコリコリとした食感はもちろん、ザクザクと歯切れよく口の中で踊るネタ。総じてあっさりとした味わいで、これに辛口の日本酒を合わせると最高だろうな、滑川の銘酒「千代鶴(ちよづる)」だとキリリとした飲み口がさらにバイの味を引き立たせるだろうな、と想像する。貝類が苦手な方でも、この一品はすんなりと食べられそうだ。
ねっとり濃厚な甘みのトヤマエビ
最後はトヤマエビ。ボタンエビとの呼び名が定着しているが、京谷さんいわくそれは元々北海道地方での通称で、富山湾で獲れたものを名付けたのが起源だという。その話を聞きながら、まるまると太った100円玉2枚ほどの大きさのトヤマエビを一気にほおばる。ねっとりとした濃厚なエビの甘みと、シャリのもちもち感が混ざり合う。白エビの通り抜けていくような甘さとは違い、こちらはずしっと口の中に余韻を残す。浪花鮨の食世界を締めくくるにはふさわしい一品であった。
熱くて面白い 知識豊富な若大将との会話
京谷さんは食事中、ネタへのこだわりや、富山県内の漁場や魚介相場の現状と未来についてじっくりと説いてくれた。直競りをしているので魚介の知識は豊富で、京谷さんとの会話を楽しみに通う客もおり、これも人気を集める要因の一つだと納得した。競りに参加するため毎朝4時30分に起き、23時30分に床に着く生活はキツいと笑うが、軽快かつ熱のこもった口調で話す様子から、労苦をものともしない板前の心意気がひしひしと伝わってきた。
「秋にまた来てよ。日本一うまい紅ズワイガニを食べさせてあげるから!」と、うんちくを話し出す京谷さん。引き寄せられるようなその語りっぷりに、食べ終わったばかりにも関わらず、よだれの出そうな心持ちになったオレは、今度は秋の夜に再訪して酒と一緒にしたためよう、と固く心に誓ったのだった。
自身での仕入れからこだわり、全てはお客様のために安価で美味しいものを出す。若大将が提供するのは、甲子園球児の一球入魂ならぬ、港町寿司職人の「一貫入魂」のにぎり寿司であった。