富山に来たらこの人に会いたい!
おわらと共に生きる越中八尾の元気女将
「越中八尾ベースOYATSU」の原井紗友里さん
夜の帳が下りるころ、八尾町の石畳に立ち並ぶ街灯に灯りがともり始めた。すると、どこからともなく、哀愁をおびた胡弓や三味線の音色が聞こえてくる。それは通年行われている「おわら風の盆」の稽古風景だ。夜の町を散策すると、このような、また一味違うおわらと出会うことができるという。越中八尾の日常には「おわら」が根づいている。そんなこの地に魅了され居を構えたのが原井紗友里さんだ。原井さんが運営する複合施設「越中八尾ベースOYATSU」を訪ねた。
一度は見たい「おわら風の盆」
「おわら風の盆」は300年以上続く伝統がある。毎年9月1日〜3日の間、夜を徹して行われるのだが、元々は五穀豊穣を願う行事だったという。編笠を深く被った女性が、品をつくって町中を練り歩く。その艶めいた独特の美しい所作に人々は魅了される。それを一目見ようと、国内外から数多くの見物客が集まるのだ。八尾の人たちは、「おわら」と共に生きている。一年を通じて稽古をし、芸に磨きをかけることを忘れない。
日本の道百選にも選ばれた諏訪町本通り
2014年7月。母親と共に八尾に出かけた原井さんは、本番前に行われる「おわら」のステージを見て、一目でこの地域に引きつけられた。とやま観光塾のグローバルコースを受講して、丁度起業を考えていたときのことだ。
『その時は観光客もなく、ひっそりしていましたが、家屋の玄関越しに感じとれる粋な暮らしぶりに、文化レベルの高さを垣間みて。アジアでの生活が長かったのですが、富山に戻りまず感じたことは、日常の何気ない風景の美しさや人々の豊かな暮らしぶり。八尾には、何よりもそれが身近にあって。この素晴らしい日常を、八尾のおもてなしとして、国内外の人たちに発信したい。そのための拠点をここに作りたいと思いました』。そんな時に、運命的に出会ったのが上新町通りにある旧数納邸だった。
重厚な蔵と大きな梁のある旧数納邸
八尾の町の歴史は古く、交通の要所にあったことから、今も息づく昔ながらの家並みは、養蚕と和紙に支えられ形づくられた。この家屋は、明治5年建造の重厚な蔵と大きな梁を有する建物。生糸や越中和紙の問屋だったというその時代から、人と物の交流を担い、八尾を象徴するランドマークとして人々に愛されてきた存在だ。その歴史的なストーリーと佇まいは、原井さんのコンセプトにもぴったり。地元商工会の後押しもあり、リノベーションを経て、宿泊&カフェとして2016年に開業した。
八尾ならではの体験が楽しい
クラシカルな時を刻んできた空間で過ごす「八尾」のひとときは、何よりも贅沢な時間だ。過ごし方はいろいろ。宿泊はもちろんだが、着物や三味線の体験、町歩きガイドなどプログラムも充実している。併設するカフェは、地域の人たちの憩いの場としても、日がな一日笑い声がたえない。情報交換の場としても役割を担っている。『おわらがあるから住人同士の結束や距離が近く、町全体が家族のようにつながっているのが特徴ですね。宿泊客も家族の一員と捉え、自然と受け入れてくれて。道端で声をかけてくれたり、おわらの稽古などに招待してくれたりして。町全体で丁寧におもてなししよう、という考えが根づいています』。気さくでローカルなコミュニケーションは、旅の醍醐味だ。ここにはそれがある。この町は一見のツーリストにも優しく、あたたかい。国内外を問わず、旅慣れた人たちの評価が高いのもうなずける。
地域を巻き込んだ持続可能なビジネス
現在、子育て中の原井さん。地域の助けを借りながら、理想的な環境で子育てを楽しんでいるそう。また原井さんは、「越中八尾ベースOYATSU」の3軒隣の古民家で、着物のアップサイクルブランド『tadas』を営むビジネスウーマンでもある。新しい息吹を吹き込むべく、古い着物を今時のセンスあふれるワンピースやセットアップに軽やかに仕上げる。スタッフは地域の人たちを雇用。循環型のビジネスモデルを、具体化しているところも目新しい。マスクやエプロンなど、手頃なアイテムも充実していて、八尾のスーべニールとしても大人気だ。
その一方で、このまま少子高齢化が進むと、10年後、20年後の「おわら」の将来が心配だともいう。『人がいなくては文化が守れません。私は、八尾出身では無いから、おわら風の盆を支える人にはなれないのですが、地域経済を回したり、雇用を創出したりして、この町への恩返しをしていきたいですね。将来的には、娘や孫がおわら風の盆の担い手になってくれると嬉しいです』と、どこまでも「八尾」を愛する原井さん。新しいアイデアで、毎日元気よく八尾を盛り上げる。町中で原井さんを見かけたら、ぜひ声をかけてみて。とっておきの八尾情報を教えてくれるはず。
越中八尾ベースOYATSU
BAR18:00~21:00
※12月~2月は10:00~17:00、土・日・祝のみ営業
CAFE火・水曜
BAR不定休
編集後記
八尾はぶらりとそぞろ歩くのが楽しい町だ。日本の道百選に選定されている石畳が美しい諏訪町本通や路地に現れる坂、かつては風情ある花街だったという名残、お地蔵さんなど、どこか懐かしい風景に出会える。冬になると、一転、雪景色の美しい町並みに変わるそう。四季折々に、それぞれの趣を再発見できるのが楽しい。「越中八尾ベースOYATSU」を拠点に、じっくりとその魅力を深掘りするのがおすすめだ。アクセスはJR越中八尾駅からコミュニティバスが便利。富山駅からのローカルバスも出ているので、バスに揺られながらのショートトリップも悪くない
Column
ナイキミキ/ライター、編集者。
機内誌を中心に旅にまつわる様々なコンテンツ制作に携わり、近年は動画ディレクションも手がけている。