心解ける秘境の地、庄川峡へ。
鳥越の宿 三楽園、庄川峡観光協同組合 坂井彦就さん
富山県には一級河川が5本もある。古の時代より、富山は川と共に歩んできた。ある時は、水害に悩ませられながらも、しかし、川の豊かな恵みは富山の人々の生活に潤いを与え、その流れは今も続いている。庄川もその一つだ。
大友家持は、越中国司だった頃、当時は雄神川といった庄川の清らかな川面のことを句に詠んだ。そして。深い山に囲まれた谷あいに深いエメラルドグリーンを携えながら。庄川は変わることなく滔々たる大河のごとくゆったりと、たゆまなく流れている。
上流にある五箇山へと続く、秘境感満載の野趣あふれる川辺に、ひっそりと静かに佇むのが庄川温泉郷。その中に「三楽園」がある。館主の坂井彦就さんを訪ねた。
富山で一度は泊まってみたい宿
「三楽園」の創業は、大正13年。庄川温泉郷の中でも、唯一無二の伝統と格式をもつ。客室は21室と少数ながらも、そのほとんどで庄川を一望することができ、意匠を凝らしたモダンな空間は洗練され居心地が良い。全国でも珍しい成分の異なる上質な源泉2つを有する。
美肌の湯として名高い白濁色の炭酸水素水塩泉と赤茶色の炭酸鉄泉は、その昔、山中から湧き出るお湯に、越中と飛騨の国境の山々を飛び交う鳥たちが、傷ついた体を癒して飛び立っていったと伝わる。『鳥越の湯』として、特に腰痛や神経痛、切り傷にも良いと湯を求める人たちで賑わい、一升瓶に詰めて持ち帰られるほど人気だったという。
また、料理旅館として創業しただけあって、富山ならではの旬の素材を活かした、美と健康をテーマにした創意工夫あふれる料理には定評がある。
日本で初めて導入したファンゴ(温泉泥セラピー)とエステを組み合わせたメニューも、とろけるような極上の癒しをもたらすと評判だ。現在は4代目の坂井彦就さんが館主を務める。
木材の運搬を担ってきた庄川
庄川は、かつて飛騨や五箇山の山林から切り出された木材を流して運び集積する地だった。川下げ、と呼ばれる輸送方法で木材を流し、天正年間頃に、加賀藩の用材調達のための流木事業として始まったそう。夏の庄川水まつりに行われる、流木乗り選手権というイベントは、その名残だという。
庄川は電源開発のため1925年に「小牧ダム」の建築が着工。その頃を境に川下げの光景は見られなくなったと言う。
一方で、北陸随一の貯木場には、良質な木材が多く集まった。その木材を使用した木工職人が界隈に工房を開いたことから「庄川挽物」は始まった。今も脈々とその技術は受け継がれ、日本を代表する木工ブランドへと成長。素朴で暖かく、優しい手触り。長い時間をかけ使いこむほど、掌に馴染む逸品だ。
小牧ダムのプロジェクトで地域が活性化
国の登録文化財にも指定される「小牧ダム」は、完成当時は東洋一と謳われたスケールのビックプロジェクトと称される。それは、この地域に、外国人を含めた大勢の技術者を呼び込むことになった。坂井さんが、幼い頃、見聞きした様子を話してくれた。
「小牧ダム建設の時には、川辺の西側に立ち並んだ料理旅館、飲食店に、大勢の技術者が訪れ大層賑わったそうです。」優秀な技術者たちによって当時のダム建設としては、画期的な工法が随所に散りばめられた。1930年にダムは完成。
しかし、それと同時に技術者たちが続々と引き上げ、徐々に周辺の活気がなくなっていったという。ピーク時には60軒あった料理屋や旅館が、今では20軒ほどに。さらにコロナ禍で観光客が激減したこともあり、危機感を覚えた坂井さんは、庄川峡観光協同組合の理事長を兼任しながら、ジャンルを超えたチーム作りを行い、様々な改革にのりだした。
まだまだ知られていない砺波の魅力を発信
砺波平野と呼ばれる庄川の流域に広がる扇状地は、「散居村」という独自の集落を作り出した。また、庄川系水系には18のダムが設置。そのダム湖を中心に形成されたランドスケープや「散居村」は、四季を通じ表情を変え、日々美しくダイナミックな姿を見せてくれる。私たちツーリストが、まだ知り得ない魅力的なひみつの場所が、数多くあるようだ。
庄川を中心とした砺波地区の自然や文化の営みを体感して欲しいと始めたのが、大人のための宿泊付きリトリートプラン「ひみつのとなみ」。「オール砺波という考えのもと砺波市内のホテル旅館、飲食など地域が一体となって、この地に根付く自然や風土の営みを守り、伝えていくことが使命です」と坂井さんは話す。
庄川峡での観光船クルーズ、地域でただ一軒の窯元「三助焼」での陶芸体験や山城「増山城」散策、「砺波駅前美食」などのコンテンツを体験できるプランが用意されている。
さらなる観光振興と地域経済の活性化を目指す任意団体「TONAMI-STAY」を立ち上げた。今はまだ実証実験に過ぎない、というが、今後の展開が待ち望まれる。砺波から、世界を見据えた新しい旅のカタチがはじまる予感。楽しみにしたい。
編集後記
雪景色の庄川峡に行ったことがある。真っ白に覆われた山肌に、エメラルドグリーンの流れと遠くに見える赤い橋脚のコントラストの、幻想的な美しさは忘れられない光景の一つ。どの季節もそれぞれの楽しみがあるけれど、おすすめは圧倒的に雪景色の冬だ。「お籠り」という言葉がぴったり。
秘境、温泉、雪景色が、旅情をそそる。小さな遊覧船に乗って、クルーズするのも悪くない。
そして伝説もある。鯉は神の化身、庄川の主なのだとか。御神酒を飲んだ鯉を放流する厄除け神事が現在も行われ、それに習い庄川水記念公園には『鯉恋の宮』というパワースポットもあるのだ。ここは縁結び、恋愛成就に効き目があるとか。ぜひ立ち寄ってみたい。
Column
ナイキミキ/ライター、編集者。
機内誌を中心に旅にまつわる様々なコンテンツ制作に携わり、近年は動画ディレクションも手がけている。