立山を知り尽くした案内人
立山ガイド 佐伯知彦(四代目平蔵)さん
富山県には立山がある。誰かが、そう話したのを聞き覚えている。富山県人にとって、立山は大きな心の拠り所だ。富山に向かう北陸新幹線の車窓から、天気が良ければ立山連峰の雄大な姿を、望むことができる。いくつかの山々で構成されるその美しい稜線を見れば、一度はトレースしてみたい、という魅力に惹きつけられるだろう。
代々、立山ガイドを営む家に生まれ、幼少期より立山で遊び育ったという稀有な経験を持つ人がいる。自身も立山ガイドとして活動する佐伯知彦さんだ。一体、人々を惹きつけてやまない立山とはどんな山なのか。佐伯さんが店主を務める「さんぞくcafe」で話を聞いた。
壮大なスケールの立山連峰
実は立山という単独の山は存在しないとか。立山という時は、雄山(3,003m)を中心とし、大汝山(3,015m)、富士ノ折立(2,999m)の3つを合わせた総称を指す。「それを立山本峰と言います」と佐伯さん。遠くからだと、台形のように見えるのが特徴。雄山山頂には、雄山神社の峰本社があり、古の時代より雄山は山岳信仰の山として富士山、白山と共に、日本三霊山としても知られてきた。
ここからの眺めは最高だ。天気の良い日は、遠く富士山まで望むことができるという。夏山シーズンには、神主が常駐しご祈祷を受けることも。周辺は豊かな高山植物や神の使いとされるライチョウが生息する地でもある。
では、立山連峰とは?これは黒部川を挟んだ西側山脈の北アルプス一帯を指すという。立山三山はもちろん、劔岳、大日岳など無数の連なる山々で構成され、そのほとんどは中部山岳国立公園だ。昔は立山七十二峰八千八谷と謳われたほどで、壮大なスケールの山々は、後立山連峰と対峙して、長野県の槍ヶ岳や穂高連峰へと繋がっていくのだ。
山に登るものなら、誰もが目指す立山連峰。近頃では、登山ブームもあり初級者から上級者まで楽しめるとあって、シーズンともなれば登山やトレッキングの人たちで賑わいをみせる。
佐伯さん曰く「雨晴海岸から見る海越しの立山連峰は、比類ない美しさで、富山県人のみならず、世界中の人々に一度は見て欲しい」絶景なのだとか。山に登らずとも立山連邦を望めるのも、また大きな魅力だ。
現代の仲語として立山曼荼羅を伝える
「立山は万葉の時代から、神が宿る山。山岳信仰の地として崇拝されてきました」と佐伯さんは話す。平安時代には、白装束にすげ笠、わらじ履きに金剛杖という出で立ちで、立山に登頂したという。江戸時代になると、加賀藩が立山信仰を庇護。山道や橋などが整備された。それ以降、立山の麓にある芦峅寺の人々が、立山信仰を全国に広める布教活動を行うようになり、参拝が庶民にも広がった。その時に持参したのが「立山曼荼羅」だそう。これは掛け軸のような絵画で、佐伯有類の立山開山縁起や立山地獄、女人救済など、立山信仰の世界観が一つの絵画に描かれているものだ。
佐伯さんは、実際の「立山曼荼羅」を参考に、アーティストとコラボレーションして「新立山曼荼羅」を製作した。開山縁起、立山地獄などを現代風にアレンジ。芦峅寺に生を受けた山の民として、先祖の案内人がしていたように立山曼荼羅を楽しく絵解きしながら、その魅力を全国に伝えている。江戸時代にはそんな案内人のことを仲語と呼んでいたという。「新立山曼荼羅」には、仲語姿の佐伯さんも描かれている。また、佐伯さんは現代の中語として、その装束姿で立山を案内するツアーなども企画していて、人気を博している。
一族のプライドをかけエベレスト登頂
初代佐伯平蔵は、佐伯さんの曽祖父。明治から昭和にかけ、劔岳、立山などの案内人として活躍した名ガイドだ。劔岳の別山尾根を初踏破し、この時の東面の谷の一つは「平蔵谷」と命名されている。現在4代目平蔵を名乗り活動する佐伯さんだが、代々山と関わりながらも、佐伯族の誰もなし得ていなかったのがエベレスト登頂だ。もし登頂できたら、富山人初にもなる。「周りは無謀、という意見がほとんどでしたが、私が行くしかないと子供達にも背中を押されて挑戦を決意」。
情報収集など全くのゼロからのスタートで、5年間の準備を経た2019年5月。数々の困難を乗り越えながら、佐伯さんは、富山人で初めてエベレストの頂きに立った。40歳の時だ。以来、夢を叶えた男として講演依頼が引けを切らない。
子供達に立山愛を育む
立山ガイドの傍で、子供達に教える、という活動を続ける佐伯さん。「立山の文化や歴史を知ってもらおうと、子供達に教えています。富山では小学校の授業の一環として立山に登頂するのですが、登山は苦しい、という印象があるようで。より興味を持ってもらおうと、事前学習として立山曼荼羅の話をするように。すると、多くの子供達がリタイアすることなく登頂できるようになりました。登山を通して、郷土愛や諦めないことの素晴らしさを育んでいければ良いですね」。
少しでも立山の魅力と雰囲気を感じて欲しいと「さんぞくcafé」をオープン。そこを起点に、山から降りてきた人たちとの情報交換や交流など、様々な発信を行っている。店内にはエベレスト登頂時の装備なども展示。運よく佐伯さんに出会えたなら、エベレスト登頂の体験談をリクエストしてみては。山に登らなくても、山の魅力に出会えるはず。そして、そこには沢山の学びがある。
さんぞくcafe
富山県立山町横江6-6
営業時間11時〜17時
月火休
編集後記
富山市内から、立山連峰が見えた時、その姿に気持ちがざわめき高揚するのがわかる。「今日は綺麗に見えますね」などと、街ゆく人たちと挨拶がてらコミュニュケーションできるのも素敵だ。それは富山の人々にとってのソウルだと思う。春の雪の大谷、夏の雄山登頂、秋は弥陀ケ原で紅葉、そして黒部ダム。筆者は立山の魅力に取り憑かれ、今までに何度も訪れているのだが、今回は念願の4代目平蔵さんにお目にかかり、更なる立山の魅力に触れることができた。また今年の夏には、登頂を目指そうと思う。
Column
ナイキミキ/ライター、編集者。
機内誌を中心に旅にまつわる様々なコンテンツ制作に携わり、近年は動画ディレクションも手がけている。