乗って良し、 眺めて良し。
まちの風景をつくる『富山観光遊覧船』専務・中村珠太さん
県都・富山市中心部を流れる松川(まつかわ)。桜並木の間をゆっくり航行する遊覧船は、まちなか観光の大切な顔であり、市民にとっては心癒されるふるさとの風景です。
この「松川遊覧船」と、船着き場のそばに立つ「松川茶屋」を運営する『富山観光遊覧船』専務・中村珠太(なかむら じゅだ)さんに、松川クルーズの魅力や今日までの歴史、新たな取り組みについて話を聞きました。
「松川遊覧船」のはじまり
1988年に、松川遊覧船をはじめたのは、中村珠太さんの父・孝一(こういち)さんです。
富山城の近くで生まれたという孝一さんは、富山大空襲の際、母親に背負われ、兄と一緒に松川に浮かぶ船に避難し、生き延びました。
明治後期までは、多くの帆船が往来する神通川の本流だった松川は、水害対策で流路が変わり、名を改めた経緯があります。孝一さんは、神通川だった時代の歴史も生かしたうるおいのある富山の観光名所づくりと、命を救ってくれた川への恩返しの意味も込め、松川に遊覧船を運航させようと奔走。孝一さんが創業し、タウン誌・月刊グッドラックとやまを発行している㈱グッドラックや、㈱グッドラックを支援していた人たちのサポートもあり、富山観光遊覧が立ち上がりました。
城下町の地理や歴史に詳しく、多くの価値ある発見をしてきた珠太さんの研究者のような側面は、まさに親譲りと言えます。
松川茶屋(松川遊覧船のりば)
住所|富山市本丸1-34
電話|076-431-5418
営業時間|10:00〜17:00
定休日|原則、月曜日(祝日・お花見期間を除く)、祝日の翌日
※松川遊覧船は2025年春まで運休予定
※運航再開に関するお問い合わせは、お問合せ・予約センターまでご連絡ください
航行ルートの見どころは?
運航管理者であり、かつては船長も務めていた中村さん。
航行ルートの見どころを聞いてみたところ、常夜灯がかつての川幅を想起させる西の折り返し・舟橋(ふなはし)付近や、国の登録有形文化財・桜橋(さくらばし)とその上を通る路面電車が見どころだと話します。
アーチ状の安住橋(あずみばし)の底に映る川面のきらめき、住宅街から人々の暮らしが感じられるいたち川との合流付近など、さまざまなポイントが挙げられました。
桜の時期ばかりが注目されがちですが、それぞれの季節に良さがあり、時間帯によっても川の表情は変わるので、ぜひ自分のお気に入りの風景を見つけてほしいと話しています。
滝廉太郎と富山のつながり
「松川茶屋」は、富山城址公園内を散策する人が、喉を潤したり、お腹を満たしたりする場というだけではありません。
店の一角に「滝廉太郎(たき れんたろう)記念館」を併設し、幼少期を富山で過ごした音楽家・滝廉太郎の生涯を、年表や写真、当時の地図とともに紹介しています。
県尋常師範学校で開かれていた西洋音楽会から、在校生だった滝も影響を受けたであろうこと、富山の自然を歌った曲がのちに作られていること、そして代表曲「荒城の月」のモデルは、実は富山城だったのではないか、とする独自の視点まで、地道な調査により浮かび上がった富山とのつながりに、心がときめきます。
店の仕事が忙しくない時は、中村さんに解説をお願いしてみるのもおすすめです。
なんとか間に合ったお花見シーズン
2024年1月1日の能登半島地震による遊覧船3隻への損傷はなく、1月4日には竿船で往復2.4キロの遊覧コースを見て回りました。すると、乗り場への階段や石畳はデコボコと浮き上がり、もともと浅かった川底は、砂が吹き出すなどしてさらに盛り上がっている箇所が見つかります。
「これではエンジン付きの船が航行できない」と、一時は諦めかけたそうですが、中村さんは、関係各所の了解を得て、自ら冷たい川に入り、川底を修復します。
乗り場の石畳1枚ずつはがしてデコボコを平にしました。
こうして、桜トンネルをくぐり抜ける春のクルーズを、何とか実現することができたのです。
乗船客が激減したコロナ禍
長く続いたコロナ禍も試練だったと、中村さんは振り返ります。
1994年に、簡易屋根のある「滝廉太郎Ⅱ世号」が就航した当時の乗船客は年間約1万人。
北陸新幹線の開業によって、首都圏やインバウンドの旅行者が増えた2018年頃は1万7千人に伸びましたが、コロナのパンデミックが起こった2020年には、その10分の1以下に客数は落ち込みました。
屋外の船上空間を強みに
外出控えのムードが重く垂れこめる中、船は屋外であるという利点を生かし、2019年からは、「まちなか水辺遊び」という新機軸を打ち出します。
船上で、落語を聞いたり、ヨガを楽しんだりする、以前にはなかった、ピクニックのように船を楽しむ体験は評判を呼び、コロナ感染症が5類に移行したあとも、さまざまなクルーズ企画が実施されました。
松川遊覧船や松川茶屋でのイベント情報はこちらから
価値ある水辺の歴史を未来へ
中村さんは、富山城址周辺の観光資源をうまく活用することで、富山市の魅力がさらに輝くはずだと考えています。
そのために、地道な歴史の掘り起こしや、たとえば和菓子店とコラボレートした「松川茶屋」での和菓子作り体験、店のテラスをステージに見立てた音楽イベントの開催など、船以外で生み出せる魅力づくりに励みます。
春になったら、また満開の桜の下を、たくさんのお客さんを乗せた遊覧船が出航することでしょう。
復旧工事の完了にはまだまだ多くの時間を要しますが、中村さんは、食や芸術など、多くの文化を育んできた水辺の歴史を未来につなげるため、これからも模索し続けます。