魚が食卓に上がるまでを楽しく体験してほしい
水橋漁民合同組合長 安倍 久智さん-1

魚が食卓に上がるまでを楽しく体験してほしい
水橋漁民合同組合長 安倍 久智さん


富山市に3つある漁港のうち、もっとも東に位置する水橋(みずはし)漁港。1962年に設立された「水橋漁民合同組合(みずはしぎょみんごうどうくみあい)」は、水橋漁港の漁師が集まってつくる団体です。

そこで漁師らを取りまとめ、また漁港にある『水橋食堂 漁夫(ぎょふ)』も運営する、組合長の安倍久智(あべ・ひさのり)さんに話を聞きました。

漁獲高の8割はホタルイカ


“天然のいけす”と呼ばれ、多くの魚種が生息する富山湾。水橋漁港の主力は何と言ってもホタルイカです。漁獲高の8割を占めるというホタルイカは、江戸時代から続く越中(えっちゅう)発祥の定置網漁によって水揚げされます。
 


定置網漁は海中の決まった場所に網を設置し、網の奥に入った魚だけを獲るというものです。大群を追いかける巻き網漁とは対照的に、“待ちの漁”と呼ばれます。魚を過剰に獲りすぎず、傷つけません。また、海岸から近いところで漁をするため船の燃料も節約できることから、環境に優しい漁として注目されています。

その持続的な漁法である定置網に壊滅的な被害をもたらしたのが、2024年元日に起こった能登半島地震でした。

 

被災した水橋漁港と定置網


水橋の定置網は、もともと漁港の沖合約1キロの辺りできれいに並んでいました。しかし、震災によって網の場所を示すブイは海中に引きずり込まれてしまいました。
網が沈んだりロープが切れるなど、組合で管理する5つの定置網すべてが損傷しました。漁港の被害も深刻で、あちこちに亀裂が走り、荷さばき施設は建物と護岸の間に50センチ以上の大きな段差ができました。

急ピッチで進めた復旧作業


安倍さんは直感的に、回遊性のホタルイカはきっと難を逃れていると思ったそうですが、だからこそ漁の始まる3月までにやらなければならないことは山積みでした。

上下水道が破損し、シャッターも締まらない荷さばき施設は立ち入り禁止にせざるを得ず、漁具倉庫を片付けて、不便ながらも代替施設に改装しました。肝心の定置網は、固定するアンカーとなる石をクレーンで船にのせて、沖合で沈める作業を仲間たちと繰り返しました。莫大な費用と不安を抱えながら、たった2カ月で3つの定置網を復旧させたのです。

あくまで応急的な措置で問題は解決していませんが、安倍さんが予想した通り、ホタルイカは戻ってきました。前年よりも豊漁となり、救いとなりました。

 

イベントでも地域に貢献


組合では、水産活動はもちろんのこと、地域の催しにも積極的に参加しています。毎年7月に行われる「水橋橋(みずはしはし)まつり」への出店協力ほか、独自でもさまざまなイベントを催行してきました。

水橋漁港を舞台に、浜焼きやフリーマーケット、歌のステージなどで多くの来場者をもてなす「水橋みなと感謝祭」は組合で開催していました。コロナ禍は開催を控えたものの、昨年4年ぶりに復活しました(2024年は震災によって見送り)

 

地引網プラスαの漁業体験


4月~10月末頃までは地引網体験も行っています。今年は実施を迷ったそうですが、楽しみにしている県外の小学校などからの強い希望もあり、「できる範囲でよければ」と受け入れました。

地引網で魚を引き上げるだけでも水橋産の魚のPRにはなるのですが、そこで終わらないのがこの組合の魅力。競りに参加して、予算内でどれぐらいの魚が買えるのかを実感してもらったり、獲れたばかりの魚を調理して食べたりと、プラスαの体験で、魚が食卓にあがるまでの一連の流れが分かるようにしているそうです。

 

漁師直営の海鮮食堂『漁夫』


漁師が直営する食堂としてたびたびメディアにも取り上げられる『漁夫』では、白岩川(しらいわがわ)と富山湾が出会う景色を眺めながら、海鮮料理が味わえます。

無骨な漁師鍋や定番の刺身定食もありますが、透明なグラスに盛りつけたパフェのような海鮮丼など、写真映えを意識したおしゃれなメニューも話題です。各テーブルには、水橋の漁について紹介した手書きのファイルが用意され、いまどんな魚が獲れるのかが一目で分かる、水族館のような水槽も店内の一角に設置されています。


 

Information


水橋食堂 漁夫
住所|富山市水橋辻ケ堂40-22
電話|076-460-3758
営業時間|◎火曜日
     11時〜15時(ラストオーダー14時30分)
     ◎水曜日〜日曜日
     [昼の部]11時〜16時(ラストオーダー15時30分)
     [夜の部]17時〜22時30分(ラストオーダー22時)
休業日|月曜日(月曜日が祝日の場合は営業し、翌日は休業)
駐車場|あり

子ども食堂に込めた願い


あまり知られていませんが、『漁夫』では月に一度、子ども食堂を開いています。生活が困窮する家庭の子どもに、お腹一杯食べてほしい、という願いとともに、魚離れが進むなか、本当においしい魚を食べて、身近な魚をもっと好きになってほしいという思いも込めています。

安倍さんは今後、お店に来てもらうのを待つだけでなく、自分たちから施設などに出向いて、未来ある子どもたちのために役立ちたいと考えています。

 

漁業と地域に明るい未来を


20代前半までは自動車整備士をしていたという安倍さん。
自分には向いていないと感じ、退職しました。新たな職探しをしていたところ、水橋で漁師を募集していることを知ります。魚が好きだったこともあり、生き物相手の漁師の職に就いたのだそうです。

漁業は今、担い手不足や海を取り巻く環境の変化、加えて、水橋の場合は震災からの完全復旧と多くの課題に直面しています。また、地方都市の高齢化は著しく、活力あるまちづくりは議論の的です。

水橋は古くから漁業が盛んな土地でした。安倍さんは、食と漁業の体験観光は人の心に訴える力があり、漁業を通して地域を豊かにし、どちらも持続可能なものにしていきたいと願っています。
「家業でなくても、漁師に、そして組合長にもなれるんですよ」と語る安倍さんの目は、漁業と地域、そして子どもたちの明るい未来を見つめています。

 

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