歴史と自然の調和が織りなす癒やしの空間
国宝の魅力を伝える『比奈の会』会長・金子榮子さん
大空を背景に、荘厳な伽藍(がらん)と四季折々の風情あふれる庭が訪れた人の目の前に広がる「勝興寺(しょうこうじ)」。
2022年に「本堂」と「大広間及び式台」が国宝に指定されています。1998年から23年の時をかけて行われた「平成の大修理」でよみがえった寺院建築の歴史的な価値と自然の調和が織りなす空間は、心を静かに癒(いや)してくれます。
この地をガイドしてくれる観光ボランティアグループ「比奈(ひな)の会」の会長、金子榮子(かねこ・えいこ)さんを訪ね、勝興寺を巡る魅力についてお聞きしました。
国宝 勝興寺
JR氷見線の列車が高岡の市街地から富山湾沿いに差し掛かかるところで伏木駅を降り、参道の坂を5分ほど上ると、「勝興寺」が姿を表します。「勝興寺」は1471年に本願寺八世蓮如上人(れんにょしょうにん)が越中の布教の拠点として開いた土山御坊(どやまごぼう)が起源で、1517年に寺号を「勝興寺」としました。
戦国時代は瑞泉寺(ずいせんじ)と並んで越中一向一揆の中心となり、1584年に現在地の高岡市伏木古国府(ふしきふるこくふ)に移ります。藩政期には、加賀藩前田家の庇護のもと本願寺との関係を深めるようになり、近代に至るまで繁栄を続けました。
国宝 雲龍山勝興寺(うんりゅうざんしょうこうじ)
住所|富山県高岡市伏木古国府17-1
電話|0766-44-0037(雲龍山 勝興寺)
営業時間|3月~11月 9:00~16:30(入場は16:00まで)
12月~2月 9:00~16:00(入場は15:30まで)
休業日|無休
料金|大人500円(400円)、中高生200円(150円)、小学生100円(70円)
※( )内は20名様以上の団体料金
アクセス|JR氷見線伏木駅から徒歩約7分 / 能越自動車道高岡北ICから車で15分
※ガイドを希望されるグループ・団体の皆様は、3日前までにご連絡ください。
本山に準じる寺院としては破格の規模
「比奈の会」の金子さんらが案内する「勝興寺」の中心的な建物である「本堂」は、江戸後期以降を代表する大型寺院本堂の一つとなっています。「大広間及び式台」の形式もまた浄土真宗の本山に準じる寺院としては破格の規模を誇ります。
浄土真宗が北陸に布教を拡大する中、拠点となった宗教施設として格式の高い本堂や対面所を成立させた深い文化史的意義を有していることなども国宝指定の理由として挙げられました。
国宝指定により訪れる人が増えて、伏木地区がにぎわえばと地元は大きな期待を寄せていました。
金子さんも指定直後から「この場所を訪ねてよかったと思えていただけるような観光ガイドをしたい」と意気込んでいました。
コロナ禍、能登地震を経てにぎわい創出に期待
しかし、国宝指定当時は新型コロナウイルス感染拡大の影響で参拝客が飛躍的に増えるまでには至りませんでした。
2023年5月に新型コロナが5類に移行、県外からのお客さまもようやく増え始めた2024年1月1日、今度は能登半島地震が発生、伏木地区でもあちこちで激しい液状化が発生しました。幸い「勝興寺」は大きな被害を免れましたが、観光客も一時的にストップしてしまいました。
周辺地域が被災する中、金子さんも「積極的に観光ガイドを行うことにためらいはありました」と地震後を振り返ります。
それでも遠方から足を運んでいただいた方に再び訪ねていただけるようになることが伏木のにぎわいにつながると考えてガイドにはいっそう熱が入ったといいます。
「デカローソク」に再び灯を
「勝興寺」本堂の中には立派な御本尊と並んで「デカローソク」と呼ばれる巨大なろうそくが2本立っています。
燭台を含めると高さは約3メートルになります。明治以降、地元の人々がろうそくを寄進する中で大きさを競うようになり、年を重ねるたびに巨大化したのだといわれています。
親鸞上人(しんらんしょうにん)の遺徳をしのぶ「御満座法要(ごまんざほうよう)」として親しまれる「御正忌(ごしょうき)報恩講」が1月15日と16日に行われます。その際、デカローソクに灯がともされ、参加者は手を合わせます。2024年は能登半島地震の余震に備えて灯がともされることはありませんでした。
金子さんは「来年は伏木が地震からの復興を果たし、新しい節目としてデカローソクに灯がともってほしい」と祈りを込めます。
近代的な建築物がない気持ちいい空間
人生の大半を伏木の地で過ごしてきた金子さんにとって、「勝興寺」はいつでも安心して戻れる場所であり、心の支えなのかもしれません。「私自身は歴史が苦手なのですが、精一杯の知識と自分が感じた魅力を自分の言葉でお伝えしようと毎日ガイドに取り組んでいます」と金子さんは意気込みを語ります。
ある時、「勝興寺」を訪れた小学生の男の子が「あー、気持ちいい」と声を上げたことがあったといいます。
広々として近代的な人工の建築物がない境内、堂々としたたたずまいの本堂。歴史や建築様式にとらわれず、肌で感じた空気を男の子は口にしたのでしょう。
そんな様子に金子さんは、訪れた人が肌で感じるそれぞれの「勝興寺」の印象を心にとどめていただくことが大切だと思うようになったと言います。
「自宅に帰って『勝興寺』を思い出してほっとしていただければとてもうれしいです」と語ります。
いつしか広まった七不思議
「勝興寺」にはいくつもの言い伝えがあります。
「勝興寺の七不思議」と名付けられた言い伝えはいつしか広まり、今では訪れる人たちからガイドの金子さんに「七不思議を教えてください」と尋ねられることも少なくないといいます。
「天から降った石」「屋根を守る邪鬼」など七つの言い伝えはお寺を楽しんでもらおうと考えた人たちがいつしか生み出したのではないかと金子さんは見立てます。
「物語を楽しんでいただけることがうれしいですね」と微笑みます。
金子さんは自分が育った伏木地区のシンボルでもある勝興寺に次代への思いを込め、今日も境内に立っています。