ホタルイカのまちで 富山湾の豊かさと滑川の魅力を推す
割烹旅館『海老源』社長 廣澤 幸嗣さん
富山県東部、早月川(はやつきがわ)の扇状地にあって、富山湾に面した滑川市(なめりかわし)。
市内で、父から継いだ割烹旅館『海老源(えびげん)』とレストラン『海遊亭(かいゆうてい)』を営み、滑川市観光協会の副会長も務める、廣澤 幸嗣(ひろさわ・こうじ)さんに、富山湾の資源への思いや地元の魅力について話を聞きました。
国指定特別天然記念物「ホタルイカ群遊海面」
滑川と言えば、真っ先に思いつくのが、ホタルイカです。
青白く光る神秘的なホタルイカは、春に生まれて1年でその一生を終えます。
日本海を中心に分布しており、産卵期の3~5月になると、富山湾にやってきます。
太平洋岸でも捕獲されることがありますが、大群で海岸近くまで押し寄せるのは、世界的にも例がない、富山湾ならでは現象です。
富山市の常願寺川(じょうがんじがわ)河口から魚津港(うおづこう)までの沖合海域は、国の特別天然記念物に指定されています。
※写真は滑川市ではありません
観光資源としてのホタルイカ
そのホタルイカを観光資源とし、まちづくりに生かしているのが滑川市です。
定置網によるホタルイカ漁の様子を船から間近に眺める「ほたるいか海上観光」は、体験型ツーリズムの一例として注目されています。
また道の駅「ウェーブパークなめりかわ」に併設された「ほたるいかミュージアム」では、最新のVR機器も活用し、一年を通してホタルイカの生態を楽しみながら学ぶことができます。
宿の自慢は海鮮料理
夜明け前に船が出港する海上観光を楽しむお客さんに、宿泊先の一つとして選ばれているのが『海老源』です。
純和風や和モダンな客室を備え、庭園を望む浴場も風情があります。
宿一番の自慢は、やはりホタルイカをはじめとした富山湾の幸を活かした料理だと話します。
旅館スペースと棟続きにある『海遊亭(かいゆうてい)』は、観光客はもちろん、地元の人の慶事や会食にもよく利用される海鮮レストランです。店内には8トンもの海洋深層水をたたえる大型ひな壇水槽が鎮座します。
水槽内に泳ぐ魚は、季節によって顔ぶれが変わり、野菜や花などと同様に、四季を感じることができます。
富山湾の幸はなぜおいしいのか
富山湾にやって来る産卵期のホタルイカは、大きく身を太らせています。
また他県では底引き網漁が多いのに対し、定置網で引き上げるため、傷が少ないことも品質の良さにつながっています。
同じようなアドバンテージとして、ブリは初冬になると産卵のために北海道から九州の五島列島付近まで南下するのですが、中間地点である富山湾で捕獲したものが最も脂がのっていると言われています。その上、漁場から漁港までが近いため、どんな魚介も鮮度が抜群です。
能登半島地震による影響は…?
そんな、富山湾の魚介が目の前で泳ぐ水槽も、発生時は大きく波立ったという能登半島地震。
旅館の建物も、多少のダメージは受けたそうですが、それ以上に、廣澤さんが心配したのは、海の中のことでした。
普段、水深200~600mもの深いところに棲んでいるホタルイカは、富山湾のすり鉢状の地形と海流の関係で岸近くまで押し上げられると考えられています。
2023年はホタルイカが記録的不漁だっただけに、漁業関係者らは、今年に賭ける思いが強かったのです。
ホタルイカがたくさんやってきてくれるのか、不安のなか迎えた今年の春。
結果としては、過去10年で一番の豊漁となり、廣澤さんは胸をなでおろしました。
一番大切なのは資源が育つ環境
コロナ禍も心労はあったものの、震災ほどではなかったと廣澤さんは話します。
ロックダウンで、人々が外出や外食を控え、観光業が大きな損害を受けたことは確かなのですが、コロナによって海の資源が損なわれたわけではなかったからです。
「おいしい」と自信をもって提供できる食材は、そこにちゃんとあると分かっているので、ウイルスの流行期が過ぎれば、きっとお客さんは戻ってきてくれると信じて、耐え忍ぶことができたそうです。
食材の魅力をより輝かせたい
提供する料理をおいしいと言ってもらえるのは、すべて食材の良さや、それを育む地形のおかげだと、廣澤さんは環境への感謝を忘れません。割烹旅館として半世紀に渡って積み重ねてきた技術は、食材をより輝かせるためにあると理解すべきなのでしょう。
また、その魅力を伝えるための工夫は惜しみません。
ふるさと納税の返礼品には、ベニズワイガニをまるごと送るのではなく、カニ身をたっぷり詰めた「蟹の甲羅盛り」と、家庭の炊飯器で炊くだけで、作りたてが味わえる、カニ身をほぐした「炊き込みご飯」の素を用意しています。
食べ方が分からない人にもなるべく親切であるよう心がけているそうです。
地元のあたりまえも、旅行者には非日常体験
鮮度の良い食材に限らず、地元の人にとってはごくあたりまえの行事や風景、たとえば、眠気を払う伝統のネブタ流しや、ハナショウブが咲き誇る行田(ぎょうでん)公園の風景などは、県外や国外から訪れた人にとって、非日常の特別な体験となり得ます。
さらに廣澤さんは、滑川のもうひとつの宝として“人の良さ”を挙げてくれました。
「滑川市民はサービス精神が旺盛だから、コミュニケーション次第で、もっとまちを好きになってもらえるのでは」と声を弾ませます。
滑川の付加価値を高めるためにはどうしたらいいのか、ふるさとを信じ、日々思いを巡らせる廣澤さんです。