温泉に、ボードゲームに、人々が気軽に集う場を目指して
南砺市・法林寺温泉 中川良一さん
富山県の南西部にある南砺市(なんとし)と石川県にまたがる医王山(いおうぜん)。
この山麓に静かにたたずむのが、一軒宿「法林寺温泉(ほうりんじおんせん)」です。
源泉かけ流し天然温泉が自慢で、県内外から多くの人が訪れます。
今回は、大自然の中で人気の温泉を守り続け、また文化交流の場として多くの人が訪れるようになるまで成長させた中川良一(なかがわ・りょういち)さんを訪ねました。
ふたつの源泉を楽しむ
法林寺温泉の最大の特徴は、異なる2つの源泉から湧き出る100%かけ流しの天然温泉を楽しめることです。
中川さんによると、「1つ目の温泉が湧き出た後に井戸水を掘ろうとしたら、また温泉が出てきたんです」と話してくれました。
加温も加水もせず、源泉かけ流し・循環なしにこだわった温泉は中川さんの自慢です。
46℃の源泉は内大浴場に、40℃の源泉は露天風呂とかけ湯に使用しており、異なる温度の温泉を同時に楽しむことができます。無色透明のお湯も好評で、多くの人が湯あみを楽しみに訪れます。
法林寺温泉
住所|富山県南砺市法林寺4944
電話|0763-52-4251
営業時間|8:00~21:00
(受付は20:30まで)
休業日|1月1日 月曜・木曜の宿泊は不可
料金|入浴のみ 大人(中学生以上)550円、小学生250円、6歳未満100円
1泊2食(2名様以上1人当り)9,300円~、
素泊まり(2名様以上1人当り)4,650円~
うわさが現実になった開湯
1974年に開業したという法林寺温泉。
この地にはもともと田んぼがあったそうですが、「一部だけ雪解けが早く進むところがあり、温泉があるのでは、とうわさになっていたようです」と話します。当時、小矢部市内でスーパーを経営していた創業者の故中川一男さんらがこの地を掘ってみたところ、見事にお湯が湧いてきました。
開業当時は五右衛門風呂を備えた入浴施設としてスタートしましたが、建て替えを機に宿泊事業も開始しました。その後はとなみ野を中心とした入浴客だけでなく、地域の忘新年会の会場としても親しまれてきました。
全国の温泉ファンを楽しませる
出版社などが行う湯めぐり企画にも参加施設として積極的に参画しているという中川さん。
遠くは東京や神戸からも、温泉めぐり愛好家がこの地を訪れています。全国のファンに楽しんでもらえるように、常にアンテナを張っておもしろい取り組みに参加しているのも、中川さん流のおもてなしの1つです。
南砺市で大きなイベントがあるときも、多くの人がこの地に足を運ぶそうです。
哀調を帯びた旋律が特徴の富山県を代表する民謡・むぎや節に合わせて、情緒あふれる街路を舞台に踊りやパフォーマンスが行われる「城端むぎや祭」や、日本最大規模のワールドミュージック・フェスティバルである「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」が行われる際には、宿泊や日帰り入浴でここに寄り道し温泉を楽しみます。
スキーシーズンになると、医王山にあるスキー場「IOX-AROSA(いおっくす・あろーざ)」でスキーやスノーボードを楽しんだ人たちが、疲れた体を癒しに訪れます。
震災被害者にも寄り添う
スキーシーズンでもある、2024年1月1日、この地も「令和6年能登半島地震」が襲います。
「この旅館自体は温泉に砂が混じった程度で、大きな被害はありませんでした。ただし周辺では道路に地割れが起こったり、断水が起きたりと大きな被害もあり、決して他人事ではありませんでした」と話します。
被災した人たちの助けになりたいと考えた中川さん。
アンテナを張り巡らせると、石川県公衆浴場業生活衛生同業組合が被災者向けに無料入浴支援の実施していることを知ります。医王山を隔てて西は石川県とゆかりも深いことから、石川県民向けのこの取り組みに富山県の入浴施設として唯一参加しました。
独自の取り組みとして、富山県内でも被害にあった人は、罹災証明書を提示することで無料入浴できるサービスを行っています。「まだまだ苦労している人もたくさんいるので、少しでも体と心を癒してもらえれば」と語ります。
ボードゲームの聖地に
お風呂が自慢の法林寺温泉には、「ボードゲームの聖地」といった顔もあります。
館内のいたるところにボードゲームが置かれ、その数は150種類以上になると言います。
そのきっかけは「人狼ゲーム」だったと話します。
「もとは人狼ゲームが世の中に流行りだしたころ、県内で人狼ゲームができるところがなくて県外まで遊びに行きました。そこでボードゲームの楽しさに目覚め、その楽しさを知ってもらいたいと、自分でボードゲームを遊べる場を作ろうと思いました」と中川さん。ボードゲームファン内の口コミでコミュニティが広がると同時に、ゲーム数も増えていきました。
ファン同士の交流の場に
現在では、温泉だけでなくボードゲームを楽しみに訪れる人も多くいるなど、同地の名物の1つに定着しました。少し前までは、ボードゲームのファンが集う場として、全国大会の地方予選や宿泊を伴ったオフ会が多数開催されていました。
コロナ禍を機に一度途絶えてしまいますが、各ゲームの予選会再開に向けた機運も高まりつつあるそうです。
もう一度ファンが楽しめる場を作ろうと、中川さんの奮闘は続きます。
気軽に集まれる場所に
ボードゲームイベントだけでなく、アクセサリーを作るワークショップや造花の個展といった多彩なイベントも開催してきた中川さん。温泉への集客だけでなく、地域の文化を応援したい思いもあります。
「温泉も、ボードゲームも、みんなが気軽に集まれる場所になればうれしい」と笑顔で話す中川さん。訪れる人に楽しんでもらおうとする中川さんの優しさこそが、この温泉1番の「おもてなし」なのかもしれません。