進化を続ける、やすらぎのおもてなし。
「庄川峡 長崎温泉 古民家の宿おかべ」岡部智美さん
砺波平野に生活の恵みを運ぶ一級河川、庄川(しょうがわ)。
上流の小牧ダム付近から観光遊覧船が発着し、多くの観光客が四季折々の自然の表情を楽しんでいます。
庄川峡にかかる利賀(とが)大橋を渡り、「古民家の宿おかべ」の女将 岡部智美さんにお話しを伺いました。
深く時を刻む温泉宿
庄川峡長崎温泉は古くから温泉地として人びとの心と体を癒やしてきました。
泉質はアルカリ性単純温泉。美肌の湯と呼ばれ、肌にまとうようなとろみを含んでいます。
古民家の宿おかべは、長崎温泉の民宿の一つとして1978年に開業しました。1927年に建てられたケヤキ造りの家屋を活用しています。太く立派な梁(はり)が頭上に弧を描き、時を重ねてきたエネルギーを感じるたたずまいです。「ここには日常の中にはないような、ゆったりとした時間の流れや深みを感じられます」と話す岡部さん。
どこか懐かしい居心地と、あたたかく迎え入れてくれる岡部さんのおかげで、ふっと力の抜けるひと時を過ごすことができます。
時代の変遷が揺さぶる困難
もともと経営コンサルタントとして働いていた岡部さんは、夫の家業である古民家の宿おかべを2003年に継承しました。「形のないものを商品にするという点では、前職とさほど変わらないだろうと思っていました。
しかし実際は、しつらえ、お食事、お風呂、お掃除…。
お客さまに心地よく過ごしてもらうためのおもてなしの幅広さに大きなギャップを感じました」と振り返ります。
1980年代からの温泉ブームでは、地域の人たちを中心に昼間の宴会から宿泊までにぎわっていたという温泉宿。
岡部さんがおかべを継承したわずか数年後の2008年、リーマンショックを契機に利用客が減少。このままではダメだと危機感を抱き、次の一手を考え始めました。
女将が挑む一手
まずは手を加えやすい食事に着目し、創業当初からの山里の伝統料理とは違った方向へかじを切ろうと決意しました。
「どうすれば思わず写真を撮りたくなるくらい楽しめる食事になるだろうかと考えました。
一方で伝統も大切なので、熊汁などの伝統料理を交えながらも女性にも喜んでもらえるようなイタリアンもフレンチも少しずつつまめるメニューになっています」。畑で育てた野菜や地場の食材を使って考案した“おかべならでは”の彩り豊かな食事は、雑誌に掲載されるなど注目のおもてなしの一つとなっています。
“好き”から生まれるエネルギー
「次なる一手は1人で考えたわけではありません。外からの目線にも助けられました」と話す岡部さんは、富山県が北陸新幹線の開業に向けておもてなし力の向上や次世代の観光を担う人材を育成するために2011年より開講したとやま観光未来創造塾に1期生として入塾。この経験が食事メニューの考案に大きく反映されています。
郷土料理としてよく使われるそうめんかぼちゃ(金糸瓜)のアレンジ方法を塾の先生に相談したとき、「先生は、私には地味に見えた食材を一目見て『かわいい!』とめでてくれたんです。それを見て衝撃を受けました。
なぜ私はかわいいと思えなかったのだろうと。
どんな食材でも好きになろうと視点を変えてみることを先生から学びました。それからはどんどんアイディアが出てくるようになり、自分なりのメニューを考案できています」とエピソードを教えてくれました。
日進月歩のおもてなし
後継者不足や利用客の高齢化といった業界の課題がある中で、「古い民宿をそのまま継承するのではなく、新しさを加えながら時代の流れに柔に進化することを目指しています」と常に前向きにチャレンジを続ける岡部さん。未来への投資として客室や風呂などのしつらえも時間をかけながら少しずつ手を加えています。
「新たなお客さまだけでなく、昔からのお客様からも来るたびに『進化しているね』とお声掛けいただけて励みになっています。翌朝、お客様によく眠れたと言っていただけることが何よりの喜びです。またお越しいただけるようなおもてなしをこれからも続けていきたいです」と岡部さんは語りました。