引き継がれるおもてなしの心得
宇奈月温泉『延楽』三代目女将・濱田昌子さん-1

引き継がれるおもてなしの心得
宇奈月温泉『延楽』三代目女将・濱田昌子さん

富山県東部、黒部市(くろべし)の山間部に位置する、県内随一の温泉地・宇奈月温泉(うなづきおんせん)。温泉街は、北陸新幹線 黒部宇奈月温泉駅から車で20分、富山地方鉄道 宇奈月温泉駅からは徒歩3分のところにあります。

昭和12年創業の「延楽(えんらく)」は、昭和天皇皇后両陛下や、皇太子時代の上皇上皇后両陛下がご宿泊された由緒ある旅館です。お湯は透明度が高く、肌に優しい弱アルカリ単純泉。雄大な黒部峡谷の絶景を、一枚の絵画のように望む樹齢四百年の総ひのき露天風呂や、客室付きの個性豊かな露天風呂に漬かれば、心まで洗われるようです。

現在の宿の建物が建つと同時に「延楽」で働き始めた三代目女将・濱田昌子(はまだ・よしこ)さんに、宿のおもてなしについて聞きました。

一品一品、客室に運ばれる 上質な会席料理


「延楽」は、料理自慢の宿です。食事はビュッフェではなく、部屋食で提供しています(希望しない方には、別の個室空間を用意)。一度にすべてを並べず、一品一品上げ下げする会席料理は、宿泊客にとっては最高のぜいたく。旅館側は多忙を極めますが、おいしい料理で喜んでいただくためには、料理長も厨房スタッフも配膳係も労をいといません。

地元の旬の山海の幸に技を生かし、盛り付けや器使いにも心を配った料理は、目の前にすると、美しさにため息が、口にすれば二度目の口福なため息がもれます。女将が各部屋にごあいさつにあがるのも、この時間帯です。プライベートをなるべく邪魔せず、お客さまの食事スピードや満足度を探り、歓迎の意を伝える慣習は、旅に良い思い出を添えているようです。

 

初代と先代女将に教わったことを胸に 自分らしい女将像をつくる


初代女将はどんな方だったか尋ねてみると、「すごく綺麗で、あまり表には出ないタイプの控えめな女性でした」と、三代目女将。「聞き上手になりなさい」と、よくおっしゃっていたそうです。

一方、先代女将は、とても華やかな人だったとのこと。そして「旅館というのは、一晩であっても、お客さまの命や財産をお預かりする、責任ある仕事なのですよ」と教えられたそうです。そうした教えを受けた濱田昌子さんは、まるで宇奈月温泉のお湯のごとく、人を癒やす、上品さと親しみやすさを備えた女性です。

2人の女将からもらった言葉を大切にしながら、「また来たい」と思ってもらえるよう、自分らしくお客さまと向き合い、温泉街を盛り立てています。

 

宇奈月温泉の女将の会「かたかご会」


宇奈月温泉には、濱田さんが会長を務める女将の会「かたかご会」があります。
かつては、オリジナル入浴剤「つべつべ宇奈月」を開発し、肌がつるつるすべすべになると温泉水をアピールしたり、昨年は、その温泉水を使って醸造した、開湯100周年記念の日本酒「宇奈月」を監修したりと、たびたび話題を提供してきました。

女将同士の結束は強く、今年初めに能登半島地震が発生した際も、それぞれの宿の状況や対応を連絡し合ったそうです。幸いこの地域で大きな被害はありませんでしたが、若い女将は「この会があったおかげで心強かった」と話していたそうです。
濱田さんは、温泉街全体が盛り上がっていくよう、互いに切磋琢磨し、助け合える会のリーダーとして女将たちを束ねています。

 

団体客から、グループ、さらに“おひとり様”へ 時代とともに変化してきた客層


これは全国的な傾向ですが、この40年ほどの間に、宇奈月温泉の客層もずいぶんと変化しました。
大型バスで団体客が次々と来館し、150畳もの大広間で大宴会が繰り広げられていた昭和が終わる頃には、家族やグループ客が中心となります。濱田さんの宿でも、そうした流れに合わせ、露天風呂付き客室を一つ一つ増やしてきました。

最近では、 “おひとり様”を楽しむ宿泊客にも対応していると聞き、老舗旅館の柔軟性に驚きました。
誰にも邪魔されず、自分のタイミングでお湯に浸かって、部屋でうとうとし、おいしい料理に舌鼓を打つ…、考えてみれば、これほどのぜいたくはないのかもしれません。

 

旅館は日本文化が凝縮された空間


一輪の花の美しさや、風光明媚(めいび)な大自然に思いをはせるとき、自らの内なる日本人らしさに気づかされることがあります。初代経営者の濱田竹次郎(はまだ・たけじろう)氏は、日本古来の和にこだわって宿をつくりあげました。

かつての日常が、非日常となっている今、温泉宿は、日本文化が凝縮された貴重な空間となっているようです。伝統を大切にしつつ、足腰がつらい方のためには、もちろんベッドの寝室も用意。
次世代に残したいからこそ、日本文化を心地よく体感してもらいたいと、女将は考えています。

 

美食と芸術が響き合う 心が豊かになる温泉旅館


昨年の開湯100周年に続き、今年3月には、北陸新幹線が福井県の敦賀(つるが)まで延伸され、10月には、黒部峡谷の欅平(けやきだいら)と黒部ダムを結ぶ「黒部宇奈月キャニオンルート」が始動する好機を迎えた宇奈月温泉。

濱田さんに抱負を尋ねると、「これからはますます“料理と美術と音楽”を融合させ、心が豊かになるような場所にしたい」と語ってくれました。たしかに館内には、絵画や陶芸、ガラス作品、鎧兜(よろいかぶと)などの美術品があちこちに展示されており、浴衣姿で気軽に鑑賞することができます。また、圧巻の渓谷美が広がる文化サロン「清渓」には、世界三大ピアノのベヒシュタインが置かれていて、クラシックコンサートなどを時々開催しているそうです。

湯気の向こうには、美食と芸術が響き合う、温泉旅館のおもてなしの可能性が広がっていました。

 

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