過去を知り、未来につながる観光を
宇奈月温泉開湯100周年事業実行委員会 委員長 河田 稔さん -1

過去を知り、未来につながる観光を
宇奈月温泉開湯100周年事業実行委員会 委員長 河田 稔さん 

富山県黒部(くろべ)市にある宇奈月(うなづき)温泉は、2023年に開湯から100年を迎えました。その100周年事業の実行委員長を務めるのが、宇奈月温泉自治振興会長でもある、河田 稔(かわだ みのる)さんです。

河田さんは地元の新聞社に勤務。定年後は、それまでほとんど寝に帰るだけだった町に少しは貢献したいと、地域活動に参加するようになりました。今では、リーダーとして故郷の魅力を発信する河田さんに、宇奈月温泉の歴史や特色を聞いてみました。

黒部川の電源開発と宇奈月温泉


宇奈月温泉の歴史は電源開発なくしては語れません。
富山県西部・高岡出身の、化学者にして実業家の高峰譲吉(たかみね じょうきち)がアルミ精錬で必要な電力供給のために水力発電を構想し、国の土木技師だった山田胖(やまだ ゆたか)を招いて、大正6年(1917年)に黒部川の調査を開始しました。その調査の中で、黒薙(くろなぎ)に温泉が湧いていることを知った山田は、ここからお湯を引けば、働き手の厚生に役立つと考えます。

高峰がこの世を去ると、事業を引き継いだ日本電力が軌道の開削に着手。観光列車として人気のトロッコ電車は工事用資材を運搬するために利用されていたのです。
そして大正12年(1923年)には、ウナヅキ平とも呼ばれていた桃原(ももはら)の地に温泉を引きこみ、宇奈月温泉の基礎が築かれました。

のべ240件にも上った開湯100周年記念事業


河田さんが委員長を務める開湯100周年事業実行委員会では、約1年前から多くの催しを企画してきました。
テーマにしたのは、“先人たちの労苦に感謝すること”、“紆余曲折のあった歴史に思いを致すこと”、そして、注目度の高いこの時機に“宇奈月温泉の魅力を知ってもらうこと”。

「宇奈月温泉とともに歩んだ人々」と題した、先人たちの功績を紹介する特別展や、未来について語り合ったフォーラム「どうする宇奈月」、温泉街に住む人から昔懐かしい写真を集めた「我が家に残る写真」展、「伝承の食を楽しむつどい」、国の天然記念物を保護する「黒部イヌワシを見守る会」の設立、映画や演劇、朗読会、各旅館の催しなど、既存のものに100周年を冠した案件も含めると、記念事業の数は、のべ240件にも上るそうです。

3月31日に予定されている「フィナーレ特別音楽花火」まで、宇奈月温泉は100年に一度の特別な1年を駆け抜けます。

宇奈月と音楽
『月光荘』との時を越えたストーリー


宇奈月は、山あいの風景が、モーツァルトが生まれたザルツブルクに似ていることから、2010年より「宇奈月モーツァルト音楽祭」を続けています。100周年事業でも多くの音楽ライブが企画され、3月の「銀座と宇奈月―月光荘ものがたり―」では、河田さんが司会を務めました。

富山県上市町(かみいちまち)出身の橋本兵藏(はしもと ひょうぞう)は、東京で、歌人・与謝野鉄幹・晶子夫妻宅の向かいに住み込みで働いていたことをきっかけに、多くの文化人と交流し、銀座に『月光荘(げっこうそう)』という画材店を開きます。

第二次大戦中は宇奈月に疎開し、一緒に移されたグランドピアノが、小学校の音楽の授業で使われていたそうです。戦後東京へ戻されましたが、2017年、ピアノは黒部市に寄贈されました。イベントは、保管する「黒部市芸術創造センター セレネ」に、孫で三代目店主の日比康造(ひび こうぞう)さんらを迎えて当時を振り返り、ジャズセッションを行うという、素敵な時間となりました。

「ここが、あの事件のあった宇奈月温泉ですね?!」
法律家の間で有名な「宇奈月温泉木管事件」


「宇奈月温泉の、あの事件をご存じですか?」と、河田さん。記念シンポジウムでも、その事件を振り返ったそうなのですが、実は、法律を学んだことがある人の間で、この温泉はとても有名なのです。

宇奈月温泉を当初経営していたY社は、源泉から温泉街まで引湯管が通る土地の一部を買収しきれていませんでした。これに目をつけたXは、引湯管が一部をかすめる約2坪の土地を購入し、Y社に「引湯管が所有地を通っているので撤去してください。さもなくば、周辺地を総額2万円余り(現在なら数千万円)で買い取ってください」と要求します。

引湯管は、Y社が巨額の費用を投じて完成させたものです。
断られると、Xは訴訟を起こしました。しかし、裁判所はそれを正義に反するものとして認めず、Xは敗訴したのです。これが「宇奈月温泉木管事件」と呼ばれるもので、民法の「判例百選」の最初に掲載されています。そのため、弁護士の旅行者から、「ここがあの事件の舞台なんですね」と、声をかけられることがあるそうです。

新たな物語を紡ぐ「100年時計」


河田さんは、「宇奈月温泉は、全国にもっと古くからある温泉地に比べれば、長いようで短い歴史かもしれません。それでも、とても中身の濃い100年だと感じています」と語ります。

今後も新たな100年の物語が紡がれていくよう、宇奈月温泉駅にクラウドファンディングを活用した「100年時計(仮称)」の設置計画が進んでいます。時計にある月やトロッコ電車、風呂桶などのモチーフは地元の女性たちが考案したもので、駅の利用者の写真スポットとなり、まちの人からも親しまれるデザインをイメージしているそうです。

今年6月頃にお目見えする見込みとのことなので、宇奈月温泉を訪れたら、ぜひ新しいシンボルを見つけてくださいね。

 

温泉さえあれば、温泉街になるわけではない


河田さんは地元の黒部や宇奈月に関する書籍も豊富に置く書店を営んでいます。
そこに暮らしている人だからこそ、「温泉さえあれば、温泉街になるわけではありません」という言葉に重みを感じます。日本随一の透明度を誇る弱アルカリ性単純泉や、峡谷を間近に望む宿の素晴らしさは確かにまちの核ですが、地元の人々が時代の困難を乗り越え、一つ一つ積み上げてきた音楽や美術、花火などのイベント、スキー場、グルメ、土産品、あるいはちょっとした道案内も温泉街を印象づける大切な要素なのです。

地域として何ができるのかを考え、形のあるもの、ないもの、たくさんの観光の切り口を用意してお客さんをもてなす宇奈月温泉。次の100年が楽しみです。

Column

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